東日本大震災後に生まれた娘がもうすぐ小学校に入学する。
おぼろげにだけど、何枚かの印象的な写真が頭にうかぶ。
親が乗っていたであろう自転車の後ろかごで「どうもすいません」みたいなポーズをとっていた2歳ころ。
夏祭りの時、家の目の前に出ていた出店をバックに父に肩車されていたのは1歳くらいだったんだろうか。
*******************
子供時代の写真は、ほぼ津波で流されてしまった。
震災直前に結婚式のスライド用にと実家から何冊かのアルバムを取り寄せていたのに、律儀にも使った後すぐに送り返してしまったんだった。
母方のおじいちゃんが買ってくれたひな人形の前でなぜか万歳をしている私。
生まれたばかりの妹を抱いた私の隣で弟がひょうきんに笑っている写真。
本当は、たくさんの写真を両親がアルバムにしてくれていたんだけどな。
びりびりってはがすタイプのどっしりしたアルバムに、小さなメモ用紙にコメントが書いてあって、字が上手な父が表紙にタイトルを書いたりしてたっけ。
*******************
こんなところが似てるね、とかこの表情そっくり、とかを言い合う
そういうたわいもないことをしてみたかった。
だけど叶わないとなるとなんだか貴重なことのような気がしてしまうこと。
*******************
そんなに大事な写真だったのなら、なんでちゃんとクラウドに保管しておかなかったの?
知り合いに言われた言葉は、きっと私の後悔する気持ちが言わせたんだろうな。
たかが写真、って自分でも時々思うけど、取り戻せないものは、欲しくなるものだ。
*******************
だから、娘の写真はこれでもか、というくらいに毎月フォトアルバムを作って我が家と北と南にある双方の実家に送り、クラウドに保管しつつ、外付けのHDDにも入れて、日本全体がどうにかならない限り、どこかには写真が残っている状態にしてある。
もうこれは、執着(苦笑
でも、そうせずにはいられない。
娘のためにという名目で行動することで、失くしてしまったことで感じている痛みを見ないようにしているのかもしれないけれど、、、いや、きっとそうなんだな。