【比】

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東日本大震災後に生まれた娘がもうすぐ小学校に入学する。

自分の小学校入学のころってどんなだったっけ。


 
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記憶に残っている自分の子供時代の写真を思い出そうとしてみる。




おぼろげにだけど、何枚かの印象的な写真が頭にうかぶ。


親が乗っていたであろう自転車の後ろかごで「どうもすいません」みたいなポーズをとっていた2歳ころ。


夏祭りの時、家の目の前に出ていた出店をバックに父に肩車されていたのは1歳くらいだったんだろうか。

 

小学校の入学式の写真の記憶はないけれど、その時の私と今の娘は似ているのかな。

 

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子供時代の写真は、ほぼ津波で流されてしまった。

震災直前に結婚式のスライド用にと実家から何冊かのアルバムを取り寄せていたのに、律儀にも使った後すぐに送り返してしまったんだった。


いつもはぐーたらな私がなぜあの時、すぐに送り返してしまったんだろう。

 

手元に残ったのは、スライドに使った3枚の写真のデータ。


母方のおじいちゃんが買ってくれたひな人形の前でなぜか万歳をしている私。

おそらく塩釜神社で撮ったであろうお宮参り、母が私を抱いてそのわきに父がいる。


生まれたばかりの妹を抱いた私の隣で弟がひょうきんに笑っている写真。



本当は、たくさんの写真を両親がアルバムにしてくれていたんだけどな。



びりびりってはがすタイプのどっしりしたアルバムに、小さなメモ用紙にコメントが書いてあって、字が上手な父が表紙にタイトルを書いたりしてたっけ。



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比べてみたかったな、自分の小さいころと娘の今と。

 

似てる似てる、と言われるけど本当にそうなのかな?

 

比べたところで何になるわけでもないけど、

こんなところが似てるね、とかこの表情そっくり、とかを言い合う

そういうたわいもないことをしてみたかった。

 

そう、たわいもないこと。


だけど叶わないとなるとなんだか貴重なことのような気がしてしまうこと。




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そんなに大事な写真だったのなら、なんでちゃんとクラウドに保管しておかなかったの?


知り合いに言われた言葉は、きっと私の後悔する気持ちが言わせたんだろうな。



たかが写真、って自分でも時々思うけど、取り戻せないものは、欲しくなるものだ。


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だから、娘の写真はこれでもか、というくらいに毎月フォトアルバムを作って我が家と北と南にある双方の実家に送り、クラウドに保管しつつ、外付けのHDDにも入れて、日本全体がどうにかならない限り、どこかには写真が残っている状態にしてある。


もうこれは、執着(苦笑



でも、そうせずにはいられない。



娘のためにという名目で行動することで、失くしてしまったことで感じている痛みを見ないようにしているのかもしれないけれど、、、いや、きっとそうなんだな。




 
 

【海】

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こないだシャワーを浴びていたら


「結局は海なのか」



という言葉が降ってきた。


 

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3月はなんとなくいつもよりも落ちてしまいがちだから、どんな状態だと自分は心地いいんだっけということを改めて知っておきたくて、

何が楽しくて筆を持つのか

何をやりたくて墨を摺っているのか

を自分の中に問いとして置いてみた。



その中でいろいろな書体を試してみていて、


写真のようなものを書いているときの、予期せぬにじみやかすれ、墨のグラデーションに出会うことが好きで、一色の墨色でまじめにきれいな線を書くことはできることだけど、そこまで興味がないなあ、ということを認識する。


見てみて、このにじみの中にあるかすれ♡

これ、大好物♪

って人に言って回りたい気持ち。



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そして、小さいころ、何もすることがなくなると海に行ってずっと波の形を眺めていたことも思い出す。




大きそうな波、これはここまでくるかな?


それほどでもないと思ってたけど足元まで来た!


この波はあの引き波に勝つかな、負けるかな。


あ、あっちで泡が立った。




そうやって、同じ形になることは二度とない波をずうっとずうっと眺めているのが好きだった。


今度はどんなふうになるのかな?


こないだ海に行った時もやっぱり波の動きをずうっと追ってる自分がいた。


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海と三方を山に囲まれた小さな田舎町の漁師の家に生まれて、閉塞感のある田舎が大嫌いだった。


なんだか海は自分を縛る象徴のような気がしていた。


大嫌いだったけど、海のない生活をしてみたら愛おしさが募った。




自分のアイデンティティのど真ん中に海があることを知り、受け入れたのち、海は牙をむく。



呆然と、静かになった海を何度も眺めたけれど、それでも海を恨むことはできなくて、抵抗をやめた。



そうして、今、自分が書で表現したいものが


波のように一色の中にグラデーションがあって、


しぶきを表すようなかすれや


水の広がりを模したにじみの中に現れる


海だったことにいきつく。





人生の中ではねのけたかったり急に愛しかったりしながら結局は自分にとって大切なベースになっている海を、私は表現したかったのだ。